[100+] Tomohiko Kyogoku

自己紹介をお願いします。

主に舞台を中心にダンサーと演出家としてお仕事をしていて、自分の名前でその都度出演者を募ったりしながらプロジェクトごとに作品を作っています。兵庫県内の幼稚園や高校、もしくは高齢者向けの健康福祉のためのワークショップをしたり、最近はダンス以外の現場でダンスを生かしていくような仕事が増えている感じがします。

京極さんにとって、永遠のテーマと言えば何ですか?

小さい頃から大人しくて喋れない子供だったんです。人とのコミュニケーションをとるとか自分が発信するのは苦手で、生きていること自体がまるで映画を観ているような感じでした。自分は席に座って、世界はスクリーンの中にあって、そこに参加できないまま見続けているだけ。しかし、演劇と出会って、自分じゃないものになってしまえば、違う役になれば、そこからやっと生きている感じがして、今まで見ていた世の中に参加していけるんだなという感覚を知りました。なので、世の中に距離を感じている人とか生きづらさを感じている人たちにダンスや舞台を通して僕が経験したようなものを伝えられたらいいなと思っています。

演劇を始めたキッカケは何ですか?

元々小中高までバスケットボールをやってたんですね。演劇とかダンスに触れる機会は少なかったかもしれないです。高校の時から、毎年全クラスが演劇をやるという独特な文化祭があって、そこにも参加しました。一学年7クラスあったから、21演目という。(笑)でも演劇をやっていると、芝居をする時のその感覚が、みんなで一緒に舞台を作って、お客さんが見にきて、人の前に何かを演じて、それを応援してくれる人がいるというのがバスケの試合と少し似ているなという気がしました。そこから下北沢にも通うことになり、役者になろうという気持ちで、京都造形芸術大学に入って、映像と舞台を両方学んだんです。

ダンスを始めたキッカケは何ですか?

最初からダンスをやるなんて思ってなかったんです。だけど大学1年の時、一通り全ての授業を受けなきゃいけなくて、役者を目指している人も映像の編集や音響、照明などを習うこともあって、その中に即興ダンスもあったんですよね。いわゆる形のあるバレエやジャズダンスじゃなくて、色んな表現が自由にできることに面白さを感じました。特にダンスは演劇より速度が早いなと思いました。例えば、最後まで聞かないとわからない日本語の文法的な場面を、たかだか数秒のことで、一瞬でお客さんに膨大な情報を伝えることができる。その音楽の近い感じが、すごく新鮮で面白かったので、いつの間にかハマりましたね。

「カイロー」はどうやって生まれた作品ですか?

在学中から自分にダンスのスキルがなかったから、何かインパクトを残したいと思った時に、声とかデタラメ語を使い始めたんです。ダンスの一つの要素として、それがある程度形になったのが「カイロー」という作品かなと思います。子供の頃の話と繋がっているんですけど、自分の気持ちを言葉にするとか断言することが難しくて、私から発することへの恐怖感みたいなものがありました。でもデタラメ語で喋ると、何を喋ろうがデタラメだから、もう少し違う形で相手に言葉を届けることができるし、普通に喋るよりもデタラメに喋った方が本心を出せるというような気がしました。その後、デタラメ語以外の色んな表現にも挑戦してみたかったので、今はちょっと封印していますけど。(笑)

最近はどういうものに興味を持っていますか?

やっと韓国舞踊を習い始めました。京都に韓国の伝統舞踊を教える韓国人のキム・イルチ先生という方がいて、月1回くらいその先生のところに行って、ハンリャンムの振り付けを教わっていますね。韓国舞踊はまだ掴みきれないんですけど、音楽との関係性とか「チャンダン」という独特なリズムがあって、それによって動きが構成されているとか、呼吸の種類が色々あったりして、僕がはじめてソウルに行ってその踊りを見たときに、”この体の中ってどうなっているんだろう”と思ったんですよね。宙に浮いているような、外側がすごく柔らかくて内側に強さを感じさせるのを不思議に思っていたんですが、今まさにその呼吸と音との関係性の中で、その仕組みを探っていて、とても楽しいです。

今までのお仕事の中で一番印象に残っているエピソードをひとつ教えてください。

言葉を喋れば喋るほど余計なことを言っちゃったり、無駄な情報を伝えたりする言葉的の問題で、日本で創作するのが難しくなってしまった時期がありました。そこから文化庁の研修でオーストリアのウィーンに行くことになり、海外のダンサーと初めて作品を作ったんですね。やっぱり文化や言葉が違って、コミュニケーションすることは大変だったけど、日本から離れ、日本の規則やシステムのプレッシャーがなくなった状態で創作する自分を見るのがすごく楽しかったです。「Talking about it」というダンス作品で、時間の制約もなかったし、結果を残さなきゃっていう圧迫感も全然なかったので、いつもより自由に創作ができたことをすごく覚えています。

演劇の魅力を教えてください。

何かの役割が与えられ、世界に参加できるという観点では、僕自身がダンスによってすごく生きやすくなったなと感じますね。特に抽象的なものを、形がないからこそ、違うもの同士を繋いだり、普段見えづらいものや聞こえづらいものが見えたり、聞こえたりする力があるなと思いました。極論ですが、ウイルスとアートというのは人の想像力を喚起させるというところで、同類かもしれないということを考えたんですね。普段考えもしなかったところに想像力を飛ばして、みんなから共感を得るなどの役割を担当してきた芸術が、今コロナの状況で、世界の誰しもが共通の問題を認識できるようになったり、目に見えないものについて考え始めたっていうのが似ているなと思ったんです。今までは弱みだと思ったんですが、時代の流れによって認識も変わって行くんじゃないかなと。

影響を受けたアーティストや作品がありますか?

SF映画やフランスの実験映画みたいな映像が好きでよく見ますが、それは多分、今いる場所から違うところに自分を連れて行ってくれるような感覚なんですよね。僕が好きなアーティストも大体一貫してそういう感じがあります。スキルや才能を持っている人が沢山いるけれども、その人自体が一つの世界観を持っていて、そのまま没入してしまう人たちに興味を持っています。ダンスでいうと、伊藤キムさん。風貌からフィクションな感じで、現実との比較すらできないんですよね。私の先生である山田せつ子さんも、一旦踊り出すと舞台上の世界に連れて行ってくれる、一瞬現実を忘れさせるSF的な装置を持っていらっしゃる方だなと思います。

作品を作る際、どういうところを目指していますか?

20代の頃はいわゆるダンスの業界が認めるコンペティションで賞をとったり、頂点を目指して評価されたいという時期がありました。でも移住したことによって、その思考回路が変わりましたね。生物的に東京や劇場から離れてみると、普段より違う部分が見えてきたと言いますか。例えば、ダンスや演劇などを全然増えてこなかった高齢者の人、子供たちに出会う機会が増えて、逆にその人たちに対して自分が何かができるのかを考え始めたんです。具体的には、障害者社会福祉をやっている団体と元広告代理店勤めのデザイナーの方と僕、3人で繋がりができて、展覧会を開いたりとかする予想外の展開もありました。全く違う業界の人たちがダンスを通して作品を作るという機会をこれから段々続けたいと思いました。今までは一つの山だけを見て走ってきた自分が、それだけが唯一の道じゃないんだなとなんとなく感じるようになってきましたね。

コロナ時代の芸術について(1)

もし形態として配信が生の舞台に戻ったり、動画配信が新しく進化するのも怒ると思うんですけど、人の認識は今の時代を経て、かなり変わって行くような気がしますね。実際劇場まで足を運んでもらうことで得られるものが、動画の向こうではやっぱり把握できなくなる不便さもありますが、一概には言えないけど、普段舞台に触れる機会がなかった人が配信によって見てくれる可能性もあるから、もっと色んな方法が新しい活動が生み出されて、違う人たちとの出会いの可能性が増えるかもしれないというのもありますね。

コロナ時代の芸術について(2)

去年の4月頃から自粛という言葉が日本で言われた時に、動画の配信のワークショップをやりました。しかし、ZOOMなどを使って”オンタイム”で、ダンスのワークをすると、どうしても映像や音声にわずかなギャップが生まれてしまうので、敢えてビデオレターのような形で、僕が撮影した動画を毎週配信するという企画をしました。それだと、自分の好きな時間とタイミングで受講生の人が動画を見れますし、よくわからなかいところは何回も繰り返し見れるというのが良いかなと思いました。もちろん実際会って、ワークショップをするのが繋がっているという感覚を得られる良さもあるんですけど、そこには他の受講生もいて、その場で聞けないまま終わっちゃったりする場合もよくあるので、色んなやり方があるんだろうなと思いました。

コロナ時代での創作方法や新しいアプローチなどはありますか?

今はZOOMやビデオ電話が普通に行われていますが、逆にもっとアナログな手段として「手紙」を交換する方法を考えています。想像力の話ですが、手紙を書くとなると、相手のことを考えるのが当たり前じゃないですか。例えば、どういう封筒に入れて、どういう文章にして、どう自分の気持ちを伝えるかなど、その人について考える時間が増えるという。穂の国とよはし芸術劇場PLATダンスレジデンス2020の成果発表のなかで、実際会ったこともない日本と韓国の若い女性のダンサー二人が映像で手紙を交換するようなクリエーションをやったことがあります。国際共同制作にも使えるだろうし、日本人同士でも敢えて手紙でやりとりして作っていけるものがありそうだなと思いましたね。

アーティストとしての人生を振り返ってみると?

苦しみが多かったと思いますね。方法論としてアートを習うと、やり方に囚われてしまう人もいる反面、僕の場合はそれが全くなくて自分の中で、新しいものをずっと探してきたような感じがします。やっと自分がどういうものが好きで、どういう方法が楽しいかを言葉にできる瞬間がきているみたいで、もしかして、今がスタート地点かも。(笑)でも色々試してみて、結局”あれ、このシーンどこかで見たことあるかも?”って気づいたりしませんか?だんだんそれをやっていくうちに、あ!またここに来たか!っていう。それが実は、一番自分が求めていたんだなと気づいて、これにたどり着くには今までどうやって来たんだろうというのを振り返ってみると、またある方法が自分の中で見えてくるのかなっていう気がしますね。

今後の夢や目標は何ですか?

田舎での暮らしは自分にとって安定的で、ここに拠点を置きつつ、活動を続けたいです。特に、ダンス作品作りを通して、自分と同じような苦しみや生きにくさを抱えている人たちにその経験をシェアできる場を作りたいです。

インタビュー&編集 キムヒジン


京極朋彦

京極朋彦ダンス企画主宰。2007年、京都造形芸術大学映像芸術学科舞台芸術コース卒業制作が学長賞を受賞。自身が振付、出演するソロダンス「カイロー」を2010年初演から5カ国11都市で上演。その後、国内外様々な作品を振り付け、演出している。

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